翻訳とは何か―研究としての翻訳(その11)
河原清志
翻訳における原文からの事態構成:コア理論


 英語の授業で、受け身形では行為者をbyで表すと学校で習う。しかし、勉強が進むと、be interestedの場合はin、be pleasedの場合はwith、be surprisedの場合はatを用いると習う。高校1年が終わった春休みに、高校の英語の先生に、なぜこういう心理的な表現の場合にはby以外の前置詞 を使うのか、と質問をしたところ、「それはキミの休み中の課題だね」とおっしゃった。まさに、この疑問は筆者の英語に対する初めての根源的な問題提起だっ た。
 あれから20年。本稿のような理屈で説明が可能になった。手前味噌で恐縮だが、(途中、落語と法学に没頭した10年はあるが)20年越しで疑問の解明が できたことを今でも素直に嬉しく思う。
 そこで本稿では、些かノスタルジアに浸りつつ、前号の語彙文法論(Lexical Grammar)の基になっている語彙のコア理論(core theory)の考え方を紹介する。(以下は拙著「英語『形容詞+前置詞』の共起性に関する意味論」『麗澤大学学際ジャーナル』第17巻第1号:pp. 13-25、2009年を加筆。)
 翻訳を念頭に置いた場合、英日語における形容詞自体の性質の違い、前置詞と助詞の違いなどの論点も扱う必要があるが、それは論を改める。

* * * * *
1.はじめに
 従来の英語教育において、イディオムはただ暗記の対象として、2語以上から成る1つの意味のユニットに日本語による訳語を当てて、学習者に記憶させてい た。そこには意味論分析によるイディオムの意味構造の説明も、第二言語習得上のイディオム学習の方略も不在である。
そこで本稿は、認知意味論を基盤として、「形容詞+前置詞」として一般にとらえられているイディオムを語彙意味論の観点から分析し、2語が共起してコロ ケーションを形成する仕組みと、特に特定の形容詞が特定の前置詞を選択して語義確定(disambiguation)を引き起こすイディオムの仕組みを記 述し、以って効率的なイディオムの習得に役立てることを目的とする。

2.従来の「形容詞+前置詞」の扱い方
2.1 学習参考書による記述
 従来は「英熟語」という名である程度慣用化したと認められるコロケーションを単に列挙し、それに日本語訳と用例をつけて「英熟語帳」として暗記させると いう指導方法が取られている。「形容詞+前置詞」についても同じで、学習参考書には例えば以下のような列挙がなされている。

●「be+形容詞+前置詞」:be aware of, be ignorant of, be capable of, be famous [well-known] for, be noted for, be fond of, be good at, be poor [bad] at, be rich in
●「2つ以上の前置詞をとる形容詞」:be concerned about [for, with], be familiar to [with], be tired from [of], be impatient at [for]
●「by以外の前置詞をとる受け身」:be interested in, be known to, be satisfied with, be surprised at, be pleased with, be caught in
●「be+形容詞+to 不定詞 /前置詞」:be afraid to [of], be ashamed to [of], be anxious to [for, about], be bound to [for], be content to [with], be curious to [about], be eager to [for], be ready to [for]
●「be+形容詞+to不定詞」: be apt to, be liable to, be likely to, be willing to, be inclined to, be obliged to, be compelled to, be supposed to, be about to

このリストは確かに形容詞と共起する語の違いに着目して分類している点で評価できるが、それ以上の意味分析や意味構造の解説まで踏み込んで説明が施されて いない点で、単なる暗記の対象として列挙されているにとどまり、これでは学習方略が立たない。そこで、効率のよい学習方略を構築するために、まずは言語学 による先行研究について見てみたい。

2.2 「形容詞+前置詞」に関する先行研究
 安井・秋山・中村(1976)は、「補文を伴う形容詞句構造」という章の中の「形容詞+前置詞句」という節で同じ論点を取り上げている。簡潔にまとめる と、以下のようになる(安井・秋山・中村 ibid., pp. 205-212)。

●構造面からの分類
1) 2つの異なる前置詞と共起し、その意味が変わらないもの
2) 意味が異なるに従って異なる前置詞をとるもの
3) 前置詞句を省略しても意味上あまり変化のないもの
4) 前置詞句がないと意味がまったくことなってしまうもの
5) 前置詞句が省略不可能であるもの
●意味面からの分類
1. 「形容詞+前置詞句」構造が他動詞に相当する場合
2. 「形容詞+前置詞句」のその他の場合
    a. 性状の向かう主題を表す場合:at, about
b. 性状の及ぶ範囲を指定している場合:in, of, with
c. 性状の向かう方向あるいは対象を表している場合:to
    d. 理由を表している場合:for
e. 主語と相対的関係にある対象あるいは付随を表す場合:with

これは「形容詞+前置詞」の共起性に関して、構造面と意味面から網羅的に扱う試みとして評価できるものの、その背後にある原理が説明されていない点、ま た、意味面については上記7つ以外の前置詞について論及がない点、さらには例えば同じ「性状の及ぶ範囲指定」をする前置詞として3つ(in, of, with)掲げているものの、これらの使い分けの原理が明示されていない点で、「形容詞+前置詞」の共起性の意味の核心に迫るには不十分である。
 最近の研究では、「形容詞+前置詞」の共起性に関する意味論を正面から取り上げたものではないが、丸田・平田(2001)が、形容詞の補部および形容詞 の格特性について以下のように記している(丸田・平田 ibid., pp. 90-97)。

●形容詞の補部註1について
1) 何も補部をもたない用法(例:The children are happy.)
2) PP註2補部を従えるもの(例:The children are happy with ice cream.)
3) 節を従えるもの(例:The children are happy that they have ice cream.)
●形容詞の格特性について
1. V、N、A、Pの語彙範疇註3は、±V、±Nという統語素性の束によって定義され(Chomsky 1970)、Aは[+V, +N]となる(ここで、+Nとは格付与能力註4がないことを意味する)。
2. 文中に生起するNP註2に対して格フィルター註5という制限がある。これは具体的な 形をもつ明示的なNP(例:the children, ice cream)は必ず格を1つ担うことを要求し、そうでないNPを排除するというものである。
3. 形容詞には格付与能力がないため、格付与能力をもつ前置詞が挿入されると、補部のNPには前置詞から格が与えられ、格フィルターの適用を免れることができ る。
4. この場合の前置詞の意味的な選択制限は、主題役(of)、題材(about, over)、標的(at, with, in)、経験者(to)、着点(in, into)、起点(from)である(Rappaport 1983; Pesetsky 1995)。
5. 同一の述語にもかかわらず多様な前置詞を伴う補部が生起するが、これは形容詞の語彙に指定され、そこから特定のPの選択が帰結するという立場(強い語彙意 味論仮説)はとらない。むしろ前置詞側にもそれぞれ、一定の固有の意味成分が含まれ、形容詞の意味に応じて適切に使い分けられていると考える。つまり、形 容詞と前置詞の意味の融合(fusion)を仮定する。

これは形容詞と前置詞の共起性についてかなり核心に迫っている。特に、強い語彙意味論仮説は退けた上で、形容詞と前置詞の意味の融合(fusion)を仮 定している点は注目に値する。確かに、強い語彙意味論仮説のように個別の形容詞によって後続する前置詞の選択が指定されるとすると、安井・秋山・中村 (1976)が掲げる「2つの異なる前置詞と共起し、形容詞の意味が変わらないもの」(例:famous forとfamous as)や、「形容詞の意味が異なるに従って異なる前置詞をとるもの」(例:anxious forとanxious about)というコロケーションの説明がつかないことになってしまう点で、前置詞側にもそれぞれ、一定の固有の意味成分が含まれ、形容詞の意味に応じて 適切に使い分けられていると考えるほうが合理的である。
 ところが、前置詞の意味的な選択制限に関して、上記の形容詞の格特性に関する4.で十分に前置詞の意味が説明されているか、疑問が残る。これは安井・秋 山・中村(1976)に対する批判と同様であるが、例えば「標的(at, with, in)」において、これら3つの語の使い分けの原理は明確に提示されていない。
となると、形容詞と前置詞の意味の融合(fusion)を仮定した上で、形容詞と前置詞の意味構造の本質に根ざした議論を展開する必要が出てきそうであ る。そこで本稿では語の意味の本質を認知意味論の立場から論じている「コア理論」を導入したい。


2.3 「コア理論」からのアプローチ:感情表現に関して
「形容詞+前置詞」のうちの「感情表現+前置詞」に関して、認知意味論の分野での「コア理論」(田中 1990; 1997)から原理的に説明をしているものがある(田中・佐藤・阿部 2006, pp. 55-59)。コア理論とは、語には「文脈に依存しない(context-free or context independent)意味」があり、実際の言語の使用場面においては、この文脈に依存しないコアが文脈調整を経て、文脈に依存した(context- sensitive)「意味合い」(contextualized meaning)を得る、というのがその主張である。この文脈に依存しない意味を「コア・ミーニング」(core meaning)と呼び、これは人が様々な言語経験を経て語を習得する際にスキーマ化という抽象化を経て獲得される、単純で曖昧な意味註6の ことである。この理論によると、感情を表す形容詞と共起する代表的な前置詞は、以下のように説明される(田中・佐藤・阿部ibid., pp. 55-59)。

●at:コアは場の設定である、瞬間的な感情との結び付きで用いる。
●about:コアは周辺を表すため、周辺的な出来事がある感情の原因になる場合に用いる。
●by:コアは近接性を表し、「寄って」さらに「拠って」と意味展開する。感情が何かによって引き起こされる場合に用いる。
●with:コアは「…とともに」であり、一定時間継続する感情との結び付きで用いる。
●of:コアは「x of yにおいて、xはyから出て、yに戻る」という出所性と帰属性であり、感情の直接的な出所を表す。

そして、これらのコア・スキーマを図式化すると、以下のようになる(at, about, ofは『Eゲイト英和辞典』から、by, withは田中・河原・佐藤 2008から引用)。

コア


そして、8000万語コーパスから析出した前置詞の選択傾向に関して、上記各前置詞と共起性の強い形容詞を次のように列挙している(田中・佐藤・阿部 2006, p. 58)。

(1)atとの共起性が強いもの:angry, surprised, disappointed, pleased, annoyed, embarrassed
(2)aboutとの共起性が強いもの:sad, mad, angry, anxious, pleased, embarrassed
(3)byとの共起性が強いもの:surprised, disappointed, pleased, satisfied, bored, annoyed, frightened, embarrassed
(4)withとの共起性が強いもの:mad, angry, disappointed, pleased, satisfied, bored, annoyed
(5)ofとの共起性が強いもの:glad, proud, afraid, jealous

この「コア理論」による「形容詞+前置詞」の意味の説明は極めて説明力が高いと思われる。例えば、丸田・平田(2001, p. 96)が

a. We are disappointed about the weather.
b. We are disappointed at the result of the election.
c. I am disappointed in our new teacher.
d. ...the reader...will be disappointed of developing a personal taste.
e. I am disappointed with my new bicycle.
            (強調は筆者)
(a)は、天気(=題材)についてあれこれ考えていて、結局あてが外れてがっかりした、ということである。(b)では、選挙結果は落胆の標的である。ま た、人物を標的にした落胆の場合は、(c)のように、通例inが用いられるようである。(d)のofの場合は、「…をあきらめる」というような対象的な意 味で、上で述べたとおり主題役を表し、感情の標的ではない。(e)は不満の標的を表している。

と説明している箇所に関して、なぜaboutが題材、atが標的、inが人物の標的、ofが主題役、withが標的をそれぞれ表象するのか説明していない し、同じ「標的」を表す前置詞間での意味の差異も原理的に説明していない。
 ところが、「コア理論」に基づくと、次のような説明が可能である。(a)はaboutが周辺的な事情を表し、天気そのものではなく、天気に関して漠然と がっかりした感情を表している。(b)はatがその場で感じる瞬間的な感情を表し、選挙の結果を聞いた瞬間立ち現われてきた失望感を表している。(d)は ofが感情の直接的な出所を表し、個人的な好みが出来てくることから来る失望感を表している。(e)はwithが一定時間継続する感情を表し、新しい自転 車を一定期間使ってみてがっかりしている感情を表している。(c)に関しては、未出であるので、ここで本稿が取り上げる他の代表的な前置詞もあわせて、そ のコアを記述しておこう(in, on, to, forは『Eゲイト英和辞典』から、fromは田中・河原・佐藤 2008から引用)。

コア


●in:コアは「空間内」で、「…の中に」を表す。
●on:コアは「接触」で、面の接触や線状的な連続を表す。
●to:コアは「向き合った関係」で、「…とあい対して」いる状態を表す。
●for:コアは「対象を心理的に指差す」で、「…に向かって」いる状態を表す。
●from:コアは「物事の起点」で、「…から」を表す。

では、ここで(c)の説明をしておくと、inは空間の中を表し、disappointedという感情の原因がinで仕切られて範囲が限定されているのと同 時に、内部を表象することでその本質に言及する表現だといえる。つまり、漠然とした感情の原因を表すabout、その場で起きた感情の原因を表すat、原 因の出所を表すof、継続した原因を表すwithとは異なり、inはその目的語に本質的に内在する原因を表しているという解釈が、各々のコアから成立す る。
 この点、語の意味構造に迫るアプローチとして認知意味論の中には中心義から放射状に意義が展開すると捉える放射ネットワーク(radial network)という有力な考え方がある(Brugman 1988; Lakoff 1987; テイラー・瀬戸 2008)。意味構造の解明のために意味論の立場からこの考え方に照らして分析しても、この形容詞+前置詞の意味的融合の事例に関しては、結果的にはそれ ほど差はない。例えば、ofの中心義は「<全体>に部分として属する」であり、その派生義の1つとして「<物事>に由来して」という状態・行為などの出所 を表す理由があり、この語義とdisappointedとが融合して、「…から失望する」と考えても(瀬戸 2007)、コア理論を適用した場合と差はないかもしれない。
 ところが、本稿が目指しているのは、第二言語習得上のイディオム学習の方略を構築することである。だとすれば、すべての派生義をマスターした学習者を想 定したうえで、その派生義の1つと形容詞とが融合する、と考えるのではなく、前置詞の意味の本質を記述する「コア・ミーニング」から考えて、形容詞の「コ ア・ミーニング」と融合させることで、まだ学習が十分に進んでいない学習者が、「形容詞+前置詞」のコロケーションの意味を直感的に推測することができる というプロセスを示し、それを学習方略として提示するほうが、第二言語習得を想定した場合には効率的であるといえよう。この点、語の意味構造論としての語 義のあり方と、第二言語習得上の教育装置(pedagogical device)としての語義の考え方・学習のあり方とは峻別して論じたほうが適切で、前者はコア理論、放射ネットワーク論その他、各学説が対立していたと しても、第二言語習得を想定した意味構造論では、コア理論が説明力があると考えられる。
 田中・佐藤・阿部(2006)は「感情形容詞」に後続する前置詞としてat, about, by, with, ofの5つを例に挙げているが、これはもっと一般化できる可能性がある。上記のとおり、代表的な前置詞としてさらにin, on, for, to, fromの5つを本稿は取り上げているが、これらすべての可能性についてここで検討し、形容詞と前置所のコアの融合による説明が一般的に妥当することを考 えてみたい。
 例えば、surprisedを事例として取り上げてみよう。検索エンジンgoogleでsurprisedと上記10の前置詞とをペアで検索すると、以 下の用例が出た。

・I was surprised at how large the city was.
・How incredibly silly it is for people to be surprised about the current situation of things.
・He’s surprised by the outbreak of new violence.
・Rely upon this wonder-medicine and you will be so surprised with your size!
・Don’t be surprised of being noticed.
・I got to admit I was very surprised in how he was able to steal this thing.
・He told me he was surprised on how extremely courteous they were.
・Fans will be pleasantly surprised for what’s in store.
・Just then His disciples came, and were surprised to find Him talking with a woman.
・    I was surprised from a guy owning a Porsche.
            (強調は筆者)

at, about, by, with, ofの5つについては田中・佐藤・阿部(2006)の説明がそのまま妥当する。つまり、都市の大きさを知った瞬間の驚きをat、現状の諸々の事柄について の漠然とした驚きをabout、さらなる暴力が勃発したことによって引き起こされた驚きをby、ある薬を服用し続けて現われた効果としての大きさ対する驚 きをwith、気づかれるという出来事から直接来る驚きをofによって、それぞれ表している。
 では、一般の英和辞典や英英辞典ではほとんど解説されていない形容詞+前置詞のコロケーションであるその他の場合はどうか。彼の盗みの手口に範囲を限定 しつつその状況に彼の盗みの腕の本質を見出した驚きをin、彼の大変な礼儀正しさに接して連続的に現われてくる驚きをon、これから何が起こるかわからな いが何かが待ち構えている状況に向かった時の驚きをfor、神(=He)がある女性と話しているのを見るという状況と向き合った時の驚きを不定詞を表す to、ある男がポルシェを所有している状況からくる驚きをfromによって、それぞれ表しているという分析が可能である。これらの形容詞+前置詞の組み合 わせは必ずしも辞書に載っているわけではなく、またこの表現の読み手や聞き手がメンタル・レキシコンの中に確定した表現として格納しているものでもない。 しかし、現実の言語処理においては、表現者側も聞き手や読み手の側も、これらの表現を自由に駆使できることは確かであるし、英語学習者もコアを直感的に使 用できるような学習方略・言語使用方略を採用していれば、必ずしも表現者としてこれらの組み合わせが自由に駆使できなくても、聞き手や読み手の側になった ときに、コアに立ち返って形容詞と前置詞の意味を融合することで、表現者の意味するところは理解できるものと思われる。
 今度は、「形容詞+前置詞」のコロケーションの意味を探る試みとして、田中・佐藤・阿部(2006)が扱っている「感情形容詞」のみではなく、感情形容 詞を含む英語の形容詞全般についての議論を行ってみたい。

3.「形容詞+前置詞」の共起性の一般論
3.1 英語の形容詞の概念分類
 英語の形容詞全般に関して考察するためには、形容詞に関するすべての意味領域ないし概念領域を分類して、多数ある形容詞の配置を全体的に捉えなければな らない。そこで、英語の形容詞の概念分類を行うに当たって、次のポイントを提示する(田中・河原・佐藤 2007:, pp. 50-51)。

@主体の反応には、感覚的・理性的な次元、客観的・主観的な次元がある。
A評価の対象には、物、人、行為、状況、事象、情報、概念などがある。
B対象のどこに焦点をあてるか―外観、性質、価値などのどこを評価するのか。
C形容詞は、主体の反応を表すこともあれば、対象の属性を示すこともある。

これを前提に10の概念領域と各概念領域の下位分類を示すと、1案として以下のようになるだろう。

1. 視覚をもとにつかむ感覚:大きさ/広さ・太さ・濃さ/長さ・高さ・深さ・遠さ/色彩・明暗/清濁・美醜/形体・輪郭
2. 身体でとらえる感覚:肌ざわり/味覚/聴覚/方向/強度
3. 領域を仕切るためのラベリング:ジャンル/分類・区分/位置づけ
4. 比較:異同/固有/希少/普通
5. 時間の流れ:活動状態/成長・発展過程/前後関係
6. 価値判断:善悪可否/価値・効率・評価/真偽・正誤/必要性
7. 状況判断:難易/可能性/安全性・快適さ/複雑さ
8. 人の性格:賢さ・慎重さ/愚かさ・粗暴さ/優しさ・こまやかさ・親しさ/正直さ・勇敢さ/厳格さ・律儀さ・内気さ
9. 内面的リアクション:確かさ/感情的リアクション/興味・関心・意識
10. 話題に応じて使われる形容詞:時間/速度/天候/能力/容器・密閉・密度/親疎・関係

概念領域とその下位分類は、大きなカテゴリーをいくつ設定するかによって体系が変わってくるだろうが、さしあたり、この体系で検討してみたい。

3.2 英語の形容詞の概念分類による前置詞との共起性の検討
 各概念領域を代表すると思われる形容詞を1つ選択し、それと上記の前置詞10語をそれぞれ組み合わせて、検索エンジンで検索を行う。例えば、{“big at”}, {“big about”}, {“big by”}, ...という組み合わせである。選択した形容詞は次のとおりである。

1. 視覚をもとにつかむ感覚:big
2. 身体でとらえる感覚:hot
3. 領域を仕切るためのラベリング:medical
4. 比較:common
5. 時間の流れ:busy
6. 価値判断:cheap
7. 状況判断:safe
8. 人の性格:honest
9. 内面的リアクション:sure
10. 話題に応じて使われる形容詞:blind

検索の結果、以下のタイプに分類が可能である。

(ア)形容詞と前置詞が共起せず、それぞれが別のチャンクを形成している場合
・Students turn out big / at the University of Michigan
・Now, these cookies are not HOT / by any means.
・Sounds are common / at night where large numbers of mice are present.
・They are honest / in examining their own failings.
・Santa Claus keeps busy / by writing back to all the children.
(イ)形容詞と前置詞が共起している場合
・I am a fan of Blair Waldorf…which of course I am, but not THAT big of a fan!
・WHATS SO "HOT' ABOUT REFLEXOLOGY AND AROMATHERAPY?
・I have been like totally busy with school and stuff.
・Be honest with me.
・I'm not so sure about that.
(ウ)共起する前置詞によって形容詞の意味が異なる場合(但し、上記10語以外から該当する形容詞を選んでいる)
・It is something that is very true for me.(…にとって本当だ) / This is particularly true of younger generations.(…に当てはまる) / He is true to his word.(…に忠実な)
・Our work is concerned with traffic planning.(…に関連している) / There's nothing to be concerned about.(…を心配している)
・I’m anxious about my old age.(…を心配している) / We are all anxious for peace.(…を切望している)
・I’m not good at sports.(…が得意である) / Does Chinese sound good to you?(…にとって良い) / I feel good about the results.(…に満足な) / It was good of you to say so.(…が親切な) / I think I did good on my midterm.(…で良好な) / This passport is good for 10 years.(…に良い、効く)
・Singers must be keen of hearing.(…が鋭い) / The company is keen on downsizing.(…に懸命な)
(エ)形容詞に前置詞が後続しない場合(但し、上記10語以外からも該当する形容詞を選んでいる)
medical advice 
・a major accident     
public affairs 
・an automatic engine     
middle class      (以上、強調は筆者)

ここに掲げた用例はあくまでも検索結果の一部ではあるが、「形容詞+前置詞」のコロケーションの学習方略として、具体的な説明を施してみたい(但し、 (エ)は当該コロケーションを形成していないため、ここでは扱わない)。
 (ア)の場合は、形容詞がその一部となっているチャンクと、それに後続する前置詞句であるチャンクは意味処理上、独立した場合である。例えば、 Students turn out big / at the University of Michiganであれば、bigとatの間に意味の切れ目が入り、bigとatとは意味上はほとんど共起性が見られないといえる。したがって、このよう な場合は、それぞれのチャンクごとに従来の意味処理の方略で対処できる。
 (イ)の場合は、形容詞と前置詞が意味的に共起性を多少有している場合であり「融合」によってイディオムの語義が推測できる場合である。例えば、big of a fanであれば、a fanという全体に対する部分をbigが示しており、big of a fanはファンであるという状態性の大きな部分を占めるような、という意味合いから、大ファンであるということを示している。同様に、hot aboutは個別の意味は「熱い」、「周辺的な漠とした…について」であるが、これが融合することによって、「…について最新の、人気のある、話題の」と いった意味合いになる。
 (ウ)の場合は、形容詞と前置詞が意味的に強い共起性を有しており、違う前置詞によって形容詞の語義も違ったものとして立ち現れてくる。例えば、 trueのコアは「事実に忠実に一致して本当の」であるが、forと共起するとある対象に向かって事実に一致していることを意味して「…にとって本当 だ」、ofと共起するとある対象から直接引き出される事実と一致していることを意味して「…に当てはまる」、toと共起するとある対象に向き合ってそれに 対して忠実であることを意味して「…に忠実な」、という意味合いにそれぞれなる。concernedの場合であれば、concernが「関わり合いを持た せる」であるので、withと共起すると継続して何かに関わっていることから「…に関連している」、aboutと共起すると漠然と何かに対して心の関わり を覚えるという意味で「…を懸念している、心配している」という意味合いになる。anxiousの場合だと、anxiousが「気にかけた状態」を意味 し、aboutと共起すると漠然と何かに対して気がかりな状態を表すので「…を心配している」、forと共起するとあるものを心理的に指差しながら気にか けて求めているニュアンスになり「…を切望している」という意味合いになる。このように「融合」の考え方でコロケーションの語義を考えていくことは極めて 有効であると思われる。

3.3 「形容詞+前置詞」の共起性に関する理論
以上の分類を、今度はコロケーションに関してコーパスから分析する理論であるフレーゾロジー(phraseology)の観点からとらえてみよう。ある語 と別の語が偶然の確立以上に共起するフレーズをコロケーション(collocation)と呼ぶ(門田 2003, p. 246)。Schmitt(2000, p. 79)は、コロケーションの概念を4つのスケールで分類している。

level 1    idiom (frozen): kick the bucket / *kick the pail / *kick a bucket
level 2    fixed but transparent: break a journey
level 3    substitution possible with limited choices: give / allow / permit access to
level 4    two slots: get / have / receive a lesson / tuition / instruction

ある語の別の語との共起可能性は、別の語と置換不可能な固定した表現から別の語と比較的自由に置換可能なものまで段階的なものである(門田 ibid., p. 247)。これは、「形容詞+前置詞」のコロケーションにも当てはまるであろう。この表と先ほどの分類とを対照させると、level 1=該当なし、level 2=(ウ)、level 3=(イ)、level 4=(ア)となるであろう。但し、それぞれの範疇はグラデーションがあるため、どちらか判別がつかない事例も多くある。
近時のコーパス研究によるフレーゾロジーの展開により、次のことが明らかになっている。言語には自由選択原理と非選択原理が働いている。自由選択原理では 文生成は基底の規則体系システムに基づいて創造的になされる(チョムスキー的言語観)。非選択原理は、語と語の結びつきには一定の規則があり、言語使用者 は単独で使える多数の半固定フレーズを記憶して使っていることを説明できる。語彙チャンクは非選択原理による(門田 ibid., pp. 262-263)。
そして、このことは近時の認知言語学からも支持される。テイラー・瀬戸(2008)によると、生成文法が基盤にしている、全体の意味が部分の意味の総和と その合成のされ方によって決まるという合成原理(compositionality principle)は必ずしも妥当ではなく、イディオムはこの例外だと言える。しかし、だからと言って意味が分析不可能ということではなく、かなりの数 のイディオムは意味的にも統語的にも分析可能(予測可能)である。但し、全体の意味を算定することを可能にする一般的な規則は、完全に一般的であるのでは なく、ある程度一般的であるにすぎない。規則の適用には周辺的な事例もあれば、まったく当てはまらない場合もあるので、どんなに一般的なルールであっても その適用範囲は学習されねばならない、としている(テイラー・瀬戸 ibid., pp. 42-43, 330-335)
 とはいうものの、「形容詞+前置詞」が共起した場合に、どのような語義として確定されるかは、上記のフレーゾロジーや認知言語学からのイディオム性の研 究から直接は引き出してくることはできず、結論的に言うと、第二言語習得上、上記(イ)と(ウ)に関しては、形容詞の一般論として、「コア理論」から形容 詞と前置詞の「融合」による語義の確定のメカニズムを学習および言語使用の方略として知っておくとは重要であると言えるであろう。

4.結語と今後の展望
 本稿は、感情形容詞と前置詞のコロケーションで有効な「コア理論」と「融合」という考え方を一般の形容詞と前置詞のコロケーションの学習方略・言語使用 方略として適用するという試みを行ったが、あくまでも試論であって今後さらに精緻化した分析に基づいた体系の再構築をしてゆかなければならないことは確か である。
形容詞+前置詞のコロケーションに限らず、前述のとおりイディオムの研究は、コーパスを土台にしたフレーゾロジーからも、また認知言語学からも研究が進ん でいるところである。特に認知言語学の立場からは、文法はつねにより一般的な規則と原理によって特徴づけられるのではなく、かなり個別的な事実の巨大な集 積と見なされるべきで、個々の事実は様々なレベルのスキーマによって縦横に関連付けられており、イディオムは文法にとって周辺的、例外的であるどころか、 まさに文法の中心を占める現象であると主張されている(テイラー・瀬戸 2008, p. 337)。そしてこの「個別的な事実の巨大な集積」を分析する上で、コーパス言語学は極めて有効であると思われる。そういう前提に立った上で、今後は「形 容詞+前置詞」だけでなく、様々なタイプのイディオム研究を行ってゆき、第二言語習得上の学習方略を精緻化する必要があるものと思われる。

* * * * *

 では、翻訳練習。山岡洋一「翻訳訳語辞典」から、trueを例にいくつか掲載する。以下を参照されたい。
http://www.dictjuggler.net/yakugo/

trueのコアは「事実に忠実に一致して本当の」。後続する前置詞の違いによって、 「true+前置詞」のコロケーションの意味を考えながら、訳語を選択する、という手順。
1) In fact, the number of people who chose this path in ancient times is by no means small, and this is as true of the West as of the East.
☞true of=「〜に当てはまる」(ofのコア=「〜から出ると同時に〜に帰属して」)
2) True to his name, and as was his wont, he said it bluntly.
☞true to=「〜に誠実な、忠実な」(toのコア=「〜に向き合って」)
3) It was this bitter knowledge that his own father had refused him, said Fay, that had turned Frank into a restless man, bound for trouble, and unable to stay true to his own children.
4) This penchant for hard-time punishment became a pattern that would hold true for my brother for the rest of his prison career.
☞true for=「〜にとって本当だ」(forのコア=「〜に向かって」)
【出版翻訳の例】
1) 実際、古来このような理由で自ら命を絶った者は、洋の東西を問わず、少くないと思う。【出典】土居健郎(著)・ハービソン(訳)『表と裏』弘文社 106ページ。
2) その名にたがわず、いつものことながら無遠慮なもののいい方だった。【出典】クリスティー(著)・永井淳(訳)『フランクフルトへの乗客』ハヤカワ文庫 209ページ。
3) 実の父親に拒絶されたという辛い思いがフランクをふらふらと腰の落ち着かない人間にしてしまったのだとフェイは言った。面倒ばかりおこして、子供に対する 責任もろくにとれないような男に。【出典】ギルモア(著)・村上春樹(訳)『心臓を貫かれて』文藝春秋 117ページ。
4) このような厳しい懲罰を求める傾向は、兄のその後の刑務所生活にもずっとあてはまることになる。【出典】ギルモア(著)・村上春樹(訳)『心臓を貫かれ て』文藝春秋 235ページ。

 もう1語取り上げてみよう。keenのコアは「鋭いほどの集中力をもった」。trueと同様にコロケーションの意味を考えながら、訳語を選択する。
1) She had been a kindly lady, understanding in every way, although sometimes he could feel she was not especially keen about his musical aptitudes.
☞keenの「一点に集中して熱心な」という意味合いから、not keenで「熱烈でない、関心を見せない」という意味合いが引き出せよう。notがあるため、aboutが後続する点が注目される。
2) [...] or perhaps I only thought so because it aroused memories of my young uncle who had been so keen on conjuring tricks all those years ago.
☞keenは「一点に集中した鋭さ」がコア。その集中が直接及ぶ対象をonで表現している。
3) 'He was very keen on that bird,' Les said.
【出版翻訳の例】
1) 親切な人で、彼の音楽的資質にあまり寛大でないと感じることこそときおりあったものの、それ以外の面ではことごとく理解を示してくれていたそうだ。【出 典】プリンプトン(著)・芝山幹郎(訳)『遠くからきた大リーガー』文春文庫 92ページ。
2) それがむかし奇術に凝っていた若い叔父に関する追憶をひきだしてくれたからでもあった。【出典】北杜夫(著)・キーン(訳)『幽霊』新潮文庫 180ページ。
3) 「あの鳥に夢中だったもの」とレスが言った。【出典】レンデル(著)・小尾芙佐(訳)『死を誘う暗号』角川文庫 368ページ。


1)たとえば、the discussion of the riots in the barでは、名詞が2つの前置詞句を従えているが、それらは主要部との結合の度合いが異なる。前置詞句of the riotsは、名詞との結び付きが強く、動詞句discuss the riotsの他動詞目的語と同じ働きをしている。一方、前置詞句in the barは修飾句であり、名詞との結び付きはof the riotsとくらべると弱く、随意的な要素である。the discussion of the riots in the barのof the riotsのように、主要部との結合の度合いが強い要素を補部(complement)といい、in the barのように、主要部との結合の度合いが緩やかで随意的な要素を、付加部(adjunct)という(以上、繻エ・松山2001, p. 5)。
2)PP(preposition phrase;前置詞句)、NP(noun phrase;名詞句)。
3)V(verb;動詞)、N(noun;名詞)、A(adjective;形容詞)、P(preposition;前置詞)。
4)生成文法では、単語は素性の束であると考えられている。たとえば、talkは、/tɔːk/と発音されるという音韻的な情報、補部としてaboutと toの前置詞句をとるという統語的な情報、それに主語には人間を要求するという意味の情報などを、すべて素性としてもっている。そして、主要な語彙範疇で ある名詞、動詞、前置詞、形容詞の範疇(品詞)に関する情報は、動詞性[±V]と名詞性[±N]という素性の組み合わせによって表現される (Chomsky 1970)。品詞を素性の束として分析することの利点は、範疇にまたがる一般化が容易になるということである。たとえば、4つの語彙範疇のうち、格付与能 力があるのは前置詞と動詞である。この事実をVとPの素性の共通性を用いて、「[−N]の素性をもつ範疇が格付与能力をもつ」というように一般化すること が可能となる(以上、丸田・平田 2001, p. 8)。
5)名詞句は、必ず格を与えられていなければならない。格を与えられていないNPは、不適格であるとして排除される。格を与えられていないNPを不適格と して排除する規則を、格フィルター(case filter)と呼ぶ(Chomsky 1981)(以上、丸田・平田 2001, p. 46)。
6)田中(1987, 1990)によるコア理論の考え方は、@習得面では、人は一般に、言語を使用して遣り取りを行う中で、常に言葉に対して意味づけを行いながら心的表象とし て概念を立ち上げる。そして、様々な文脈の中で繰り返し同じ語を経験する中で、概念の一般化を行いながら、概念を形成してゆく(差異化・一般化・典型化作 用。詳しくは、深谷・田中1996, 田中・深谷1998)。この概念形成の過程の中で、まずは文脈の捨象を行いながら、文脈横断的な(trans-contextual)意味の一般化を行 う。これが「意味タイプ」と言われるものである。そして、さらに意味の一般化が進むところまで進んだ結果、コアを獲得する。この「コア」とは、「文脈に依 存しない(context-free or context independent)意味」を指す(但し、コアは言語使用者にとって通常は意識されない。詳しくは、田中・佐藤・阿部 2006)。そして、A実際の言語の使用場面においては、この文脈に依存しないコアが文脈調整を経て、文脈に依存した(context- sensitive)「意味合い」を得る、という考え方である(田中 1987, 1990)。そして、このコア理論によると、多義派生メカニズム、つまり、語義の展開は、コア(特に、動作動詞と前置詞の場合は、コア図式)の投射・焦点 化・回転・融合などという認知操作によって説明できるとしている(田中・佐藤・阿部 2006, pp.39-75)。
この点、コア理論に対する批判も出ている。これには2つの方向性がある。一つは、籾山(2001)、松中(2005)のような、同じ単義説を採用するがゆ えに差別化を図るための批判、あとひとつはタイラー・エヴァンス(Tyler & Evans, 2003)のような、語彙の習得面だけではなく使用面も考慮した(つまり手続的な面も考慮した)意味の構造化を図ることを目的に、単義説では説明ができな い長期記憶におけるメンタル・レキシコンの構造を反映した意味論を提唱するもの(決まった手順にもとづく多義説)の2つである。
まず、籾山(ibid.)は「ネットワーク・モデル」と「現象素」の統合モデルを提案し、コア理論を批判している。籾山によると、田中が提唱するコアは、 (1)用例の最大公約数的な意味であり、かつ(2)語の意味範囲の全体(たとえ、おぼろげな輪郭であったとしても)を捉える概念であり(田中 1990, p. 22)、この(1)はラネカーのスキーマに相当し、(2)は国広の現象素に相当する、として(1)と(2)が明確に異なる概念であることを確認しつつ、い わば(1)と(2)を融合したモデルを提唱している。ところが、田中の主張は、「意味は単純で曖昧であり、文脈化を経てその意味が明確化する」であり、 (1)と(2)はいわば函数代入前と代入後の違いとしてみるべきであって、籾山の批判は、意味の習得ないし使用のレヴェルの差を見落としていて失当であ る。田中の描くイメージ図は次の図のとおりである(田中・佐藤・阿部 2006, p. 8)。また、松中(ibid.)はコア理論の意義は認めた上で、自身の唱える「中心的概念」の概念定義を行っているが、実質的には籾山説と大差はない。
  他方、タイラー・エヴァンス(Tyler & Evans 2003)の「決まった手順にもとづく多義説」(principled polysemy)の単義説に対する批判のポイントは、1つは、ある特定の語と結びついている異なった意味群が第一義的な抽象的意味と関連していることは 十分に考えられるが、いくつかの意味は文脈から独立していることを実証的に指摘できる点、つまり、語用論的知識は重要な働きをするが、それだけではある特 定の語と結びついている異なった語彙群のすべてを予測するのには十分とはいえないこと。2つめは、意味構築の過程においては現実世界における語用論的・文 脈的な知識が重要な役割を果たすという洞察は認めるけれども、言語使用者は形式と意味のはっきり区別される組み合わせを長期意味記憶の中に定着させている ことが言語的証拠によって結論づけられていることも確かで、したがって、意味構築の性質は動的かつ高度に創造的な過程であるとはいえ、すべての意味が状況 的(文脈的)解釈の結果であるとはいえないこと、である(Tyler & Evans 2003; Evans & Green 2006)。しかし、これはあくまでも語の使用の手続面を意味構造論に組み込んだものであって、語固有の潜在的意味(meaning potential)が異なるわけではない。この批判を受けて、コア理論をベースにした「手続意味論」を展開したものに河原(2008)があるが、やはり 語の意味構造を考える上で、手続面も考慮する方向で分析するのであれば、「手続意味論」(ないし、プロセス意味論)を正面から扱うべきであろう。以上は拙 著・修士論文「ことばの意味の多次元性:“as”の事例研究」(未刊行)からの引用である。

コア

参考文献
Brugman, C. (1981) Story of “over.” Master’s thesis, University of California, Berkeley. (Pub. as The story of over: Polysemy, semantics, and the structure of the lexicon, New York: Garland, 1988.)
Chomsky, N. (1970) Remarks on nominalization, In Readings in English transformational grammar, (ed.). by Jacobs, R.A. and Rosenbaum, P.S. pp. 184-221, Waltham, MA: Ginn.
Evans, V. & Green, M. (2006) Cognitive linguistics: An introduction. Edinburgh: Edinburgh University Press.
深谷昌弘・田中茂範 (1996)『コトバの<意味づけ論>』紀伊国屋書店
門田修平(編著) (2003)『英語のメンタルレキシコン』松柏社
河原清志 (2008) 「言語のオンライン処理と語彙・構文のプロセス意味論―英語基本動詞の事例研究」『異文化コミュニケーション論集』立教大学大学院異文化コミュニケーショ ン研究科(編)(pp. 121-134)
繻エ和生・松山哲也 (2001)『補文構造』研究社
Lakoff, G. (1987) Women, Fire and Dangerous Thing, Chicago: University of Chicago Press.
丸田忠雄・平田一郎 (2001)『語彙範疇(II)名詞・形容詞・前置詞』研究社
松中完二 (2005) 『現代英語語彙の多義構造―認知論的視点から―[理論編]』敬愛大学学術叢書7
籾山洋介 (2001) 「多義語の複数の意味を統括するモデルと比喩」『認知言語学論考』1:29-58頁. ひつじ書房
Pesetsky, D. (1995) Zero syntax: Experiencers and cascades, Cambridge: MIT Press.
Rappaport, M. (1983) On the nature of derived nominals, In Papers in lexical-functional grammar, (ed.). by Levin, L. Rappaport, M. and Zaenen, A. pp. 113-142, Bloomington: Indiana University Linguistic Club.
Schmitt, N. (2000) Vocabulary in language teaching, Cambridge: Cambridge University Press.
瀬戸賢一(編集主幹) (2007)『英語多義ネットワーク辞典』小学館
田中茂範 (編著) (1987)『基本動詞の意味論:コアとプロトタイプ』三友社出版
――― (1990)『認知意味論―英語動詞の多義の構造』三友社
――― (1997)「空間表現の意味・機能」田中茂範・松本曜『空間と移動の表現』(日英語比較選書6)1-123頁 研究社
田中茂範・深谷昌弘 (1998)『<意味づけ論>の展開』紀伊国屋書店
田中茂範・河原清志・佐藤芳明 (2007)『絵で英単語:形容詞編』ワニブックス
田中茂範・河原清志・佐藤芳明 (2008)『絵で英単語:前置詞編』ワニブックス
田中茂範・佐藤芳明・阿部一 (2006)『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンクの活用法』大修館書店
田中茂範・武田修一・川出才紀 (編著) (2003)『Eゲイト英和辞典』ベネッセコーポレーション
テイラー, J.R.・瀬戸賢一 (2008)『認知文法のエッセンス』大修館
Tyler, A. & Evans, V. (2003) The semantics of English prepositions. Cambridge: Cambridge University Press.
安井稔・秋山怜・中村捷 (1976)『現代の英文法7 形容詞』研究社

(2011年7月号)