震災後の今だから勧めたい本
高橋由紀子
アジア型の消費モデルを求めて

Consumptionomics:  Asia's role in reshaping capitalism and saving the planet
 Chandran Nair   (2011/5  Wiley Publishing)

 大震災の後、「今までのようにふんだんにエネルギーを使い、物を浪費する生活を見直すべきだ。日本人の暮らしの原点に戻って質素でも人間らしい生き方を するべきだ」といった意見が、新聞などで数多く見られた。電話が通じない、電車が動かない、電気が使えない、マーケットにモノがなくなるという事態をいき なり経験して、豊かさに慣れ切った頭に水を浴びせられたような気持になったのは、みんな同じだったのだと思う。そんな時だからこそ、この本に書かれている ことがいっそう納得できた。

 著者のチャンドラン・ネア氏は、環境資源マネジメントの専門家で、各国政府や企業にアドバイスをしている。

 環境問題はここ10年の間に、その深刻さを急激に増した。それはアジア、特に中国とインドの目覚ましい経済発展によるものだ。これらの国が欧米式の消費 を中心とする資本主義をめざして発展を続けたなら、温暖化の害は言うに及ばず、資源は底をつき、食糧危機が起き、各国間の対立が悪化して戦争も起こりかね ないと著者は警告する。

 にもかかわらず欧米、特にアメリカは経済危機以後、自国の消費低迷を埋め合わせようと、急速に発展するアジアに力づくで消費を拡大しようとしている。目 先のそして自国の利益しか考えない欧米式の消費経済に、本書は冷ややかな視線を向ける。コペンハーゲン環境会議の失敗が示すように、世界各国が足並みをそ ろえて環境問題に取り組むことはほぼ不可能に近い。各国が自国の事情に応じた変革の取り組みを始めるしかない。

 著者は、アジアの人々が欧米式の消費文化にあこがれることの愚を説く。これまで欧米のライフスタイルが豊かさのモデルとされてきたが、アジア人がそれと 同じ豊かさを手に入れることは、もはや絶対にできない。アジアは地球の将来だけでなく自国を救うためにも、まったく違う方向に発展する道を選ぶしか選択肢 はない。

 豊かさを、消費や生産や生活の便利さで量るのではなく、貧しくても富が平等に分配され、教育が行き渡り、人々が健康であるという点で量る。モノを大量に 作って売る代わりに、人手を使ってさまざまなサービスを売る。できるだけ地元で作ったものを地元で消費する。資源の消費にはその重要性に見合った値段をつ ける。消費を押しつける欧米の市場開放圧力には毅然として対応する。アジアの意識がそういう方向に転換することが、後の世代に健全な地球を残せる唯一の道 であると著者は言う。

 そして日本人の生き方がそのモデルになり得るという。日本がこんなふうに褒められると、戸惑ってしまうのだが、確かにさまざまな問題を抱えてはいるもの の、自然と人間を大切にする文化を持ち、コミュニティに秩序と信頼関係があると言われると、そうかもしれないと思う。アジアがモデルとすべき生き方とは、 震災の後に多くの人が思いをはせた「日本人の暮らし方の原点」に近いのかもしれない。しかし私たちは、日本人が経済成長やバブルの時期を通して、すでにア メリカ式の消費文化に十分に毒されていることを知っている。だが大震災によって目が覚めた今こそ、本当にアジアの新しいモデルとなるような、コミュニティ づくりや暮らし方を考えるいい機会なのではないかと思う。