本にまつわるあれこれ
 津森優子
これからの本のかたち

 
アップル社のiPadの発売を受け、電子書籍がますます注目を集めている。紙の本をめくるような感覚で読め、目も疲れにくいのだとか。
これから電子書籍が携帯電話のように爆発的に普及するかどうかはわからない。本は紙で読むものだと考える人もまだ多いのではないか。紙の本ならではの魅力 もあるはず。その魅力が出しきれれば、電子書籍に淘汰されてしまうこともないだろう。
紙の本の魅力は、パラパラと拾い読みをしたり、書き込みをしたりしやすいといった実用面だけでなく、視覚、触覚、時には嗅覚にまで訴える感覚的な側面が大 きいと思う。
表紙や挿絵に加え、紙質、字体、余白の使い方などの装丁。芸術作品として手元に置いておきたい本ならば、立ち読みやダウンロードだけではあきたらず、現物 を購入するはずである。
私個人の好みでいえば、河出文庫の須賀敦子全集や新潮文庫の梨木香歩の本の表紙は、書店のカバーをかけるのがもったいないほど美しい。

そもそも、本の表紙をかくすカバーをかけるのは、日本ぐらいではないか。アメリカでもイギリスでも、書店のレジではペラペラのビニール袋に入れるだけ。5 冊まとめ買いしたイギリスの書店で、店員に「袋はいるか」とたずねられたこともある。それだけエコ意識と節約(コスト削減)意識が高いのだろう。
スーパーのレジ袋を断るなら、本のカバーだって断ればいい。私は数年前から「カバーをおかけしますか」と聞かれても断ることにしている。
ところが、代金を用意している間に、カバーをかけないかわりに広告チラシとともにレジ袋に入れてくれたりするので、気が抜けない。カバーを断ったら、間髪 入れず「袋も結構です」と言うのがルールだ。
 たいてい、バッグに入る大きさの本を買うので、袋は邪魔なだけ。それに、スーパーのレジ袋ならゴミ袋にも使えるが、書店の袋はたいてい再利用できず、ゴ ミそのものになる。
 こんな無駄はなくしていかなければ、「紙を使わないからエコ」とうたう電子書籍派に笑われてしまう。
 だいたい、画家や装丁者が精魂こめて仕上げた表紙を、買った瞬間から読み終わるまでカバーでかくしてしまうのは失礼ではないか。
本離れが進んでいると言われていても、電車の中やカフェで、読書する人の姿はよく見かける。だが、たいていはカバーで表紙がかくれていて、何を読んでいる のかわからない。
本の表紙が見えれば、いまどんな本がよく読まれているのかわかるし、珍しい本が目にとまることもあるだろう。本の顔が見えることで、本の文化が活性化する のではないか。
洋書のペーパーバックや図書館で借りた本なら、カバーなしで読んでいる姿をよく見かけるので、書店で買った本でも、慣れてしまえば、そのまま読むのがあた りまえになるにちがいない。かくしたくなるような本なら、人前で読まなければいいのである。(どうしても表紙だけかくしたいなら、マイカバーをかけるとい う手もあるが。)
ノーレジ袋運動の次は、ノーカバー運動を。エコ活動家の方々、どうぞよろしくお願いします。

 紙媒体の本が生き残るには、アート作品の側面を持つことが大事だと思う。実用書であっても、内容に見合った美しさがほしい。
 表紙のデザインのほかにも、製本の方法や手ざわり、インクの匂いなど、紙の本の魅力は尽きない。ここで取り上げきれない本のさまざまな魅力については、 最近オープンしたウェブサイト「Time with Books 本のある時間」をご参照いただきたい。
http://www.timewithbooks.com/

 このサイトはJCCカルチャー・ジャパンと大日本印刷が運営し、無類の本好きで私の恩師でもある慶應義塾大学の高宮利行名誉教授が編集長を務めている。
垂涎ものの洋古書を毎月紹介する編集長のエッセイをはじめ、さまざまな分野の専門家による記事は、教育や音楽との関わりをふくめ、あらゆる側面から本にせ まっており、本のこれからのかたちを考えるのに役立つ。私も引き続き、このサイトを参考にしつつ、本の未来に思いをはせていきたい。