いま読みたい本、訳したい本
 村井章子
 
フランスの本から
 
 古い話で恐縮だが、会社勤めをしていた頃に第二次石油ショックがあった。それを機に女子社員の制服があっさり廃止されたことを覚えている(暖房の設定温 度が下げられ、伝統あるベストスーツでは寒くて耐えられないということになった)。あの頃はテレビの深夜放送が中止され、結構なことだと思っていたが、い つの間に復活したのか……

 日本は石油ショックや環境危機のたびに省エネにいそしみ、代替エネルギー開発にも取り組んできたが、喉元過ぎれば何とやらを繰り返してきた。だが今度ば かりはそうはいかない。フクシマは厳然とそこにある。原子力発電はもうごめんだし、よその県に引き受けてくれとは口が裂けても言えないとなれば、生活様式 をすっぱりと変えるしかない。

 まずはこの視点から、参考になりそうな本を探した。英語の本はたくさんの方が探すと考えて、今回はフランスに的を絞ることにする。最初に注目したのはピ エール・ラビの”Vers la sobriété heureuse(幸福で簡素な生活に向けて)”(2010年4月発行)。140ページほどの小さな本で、フランスのアマゾンでは評判がいい。著者はアル ジェリア出身で、執筆活動と農業・環境保護活動を並行して行っている。小説も含め10冊以上の著書がある。若い頃キリスト教に改宗しパリで働いていたが、 その後故郷に戻ってエコロジー農業の訓練センターを設立し、各国で農業指導に携わってきた。1997年には国連の依頼を受けて砂漠化防止に取り組むなど実 績は多い。NGO「大地とヒューマニズム」の代表でもある。タイトルと著者の経歴に惹かれて取り寄せ中なのだが、一向に届かないのは、ちょっとフランスら しい。

 もう一冊は、セルジュ・ラトゥーシュの”Vers une société d’abandance frugale”(2011年4月発行)。直訳すれば「質素でゆたかな社会へ」というところ、frugaleには粗食という意味もある。ラトゥーシュはパ リ大学教授で、脱成長理論の第一人者とされる。著書は何冊もあり、2010年には『経済成長なき社会発展は可能か?』というタイトルで初の邦訳が出版され た。専門の研究者が翻訳し、解説を付けている。こちらは理論書だが、いま挙げた本は脱成長理論を巡る誤解を解き反論に答える目的で書かれ、質疑応答形式を とっている。したがって目新しい理論が提示されるわけではないが、具体例が多くわかりやすいとの書評が出ていた。

 さて今回の震災に関してフランスと言えば、やはり原子力である。電力の8割を原子力に頼るフランスは、原発建設の際にどのような手順を踏んできたのだろ うか。この知識が今後の日本で必要になるかどうかはともかく、おがくずを投入するような原発後進国としては、ぜひ知っておきたいところだ。フランスでは重 要なインフラ建設に際しては公開討論国家委員会(CNDP)が全国レベルで公開討論会を開き、さらに地元住民を対象に意見調査を行う二段構えをとってい る。たとえば2007年にフラマンヴィル原発に加圧水型炉3号基を建設するに当たっては、2005年秋から4カ月にわたり全国の主要17都市で討論会が開 催された。討論会の告知と同時に一般からの質問・意見を受け付けるほか、主要ステークホルダーに意見書の提出も要請した。ステークホルダーにはグリーン ピースから汚染処理技術のアレバまで幅広く含まれている。住民の意見から会議の議事録まですべてCNDPの特設サイトで公開され、主な問題点は動画で解説 するという親切さ。サイトもとても見やすい。こうしたものの著作権の問題はよくわからないのだが、翻訳を何らかの形で公開できたら意義が大きいのではない だろうか。

 だんだんとりとめがなくなってきたが、最後にフランスの名指導者の評伝を挙げておきたい。日本ではドゴールやミッテランが有名だが、第四共和制で首相を 務めたピエール・マンデス=フランス(1907〜82)も名政治家として評価が高い。インドシナ戦争を30日で終結させると公約し、できなかったら辞任す ると宣言してみごとやってのけた。相貌もすこぶるよい。危機に際しての手腕、そして正義の人として政敵からも尊敬された人格など、ぜひいま読みたいと思 う。マンデス=フランスの評伝は1981年にジャーナリストのジャン・ラクチュールが書いたものが2010年に文庫化されている。

 ぎりぎりまで待ったがとうとう届かず、読まずに紹介することになってしまった。「訳したい本」の前段階の「読みたい本」ということで、ご容赦ください。
(2011年5月号)