翻訳の道具
山岡洋一

パソコンの世界の常識は世間の非常識

 15,750円の請求書
 ファックスとコピーの複合機を使っている。プリンターとスキャナーの機能もついているし、レーザーなので速いし、値段は10万円少しと安かった。それに A4用なのでサイズも小さい。個人で仕事をする翻訳者には打って付けだと思っていた。

 ところが先日、とんでもないことが起こった。発端は何ということもない紙詰まりだ。定着器のところに詰まっていて、見えているのに取れない。仕方なく サービスに電話して、取り方を教えてもらおうとした。そこからが仰天だった。まず、古紙を使っているでしょうと非難するような口調でいう。古紙を使うと ローラーに巻きついて、ローラーを交換しなければならないという(因みに、この機械は「古紙対応」をうたい文句にしている)。いや、新しい紙しか使ってい ないと答えると、それでも簡単には取れないので、修理になりますというのだ。送ってもらえば、1週間で送り返しますという。冗談ではない。1週間も待てる はずがない。結局、出張費を負担することにし、翌日に来てもらった。

 紙詰まりは別に珍しくもない。大量印刷用のレーザー・プリンターが別にあるが、この機械では毎日のように起こる。とくに起こりやすいのが定着器のところ のようだ。熱を加えるので、紙が曲がるのだろう。問題の複合機でもまたいつ紙詰まりが起こるか分からないので、そのときの対処の方法を学ぶつもりだった。 だが、作業を見ていて、これは無理だと思った。徹底して解体しなければ、定着器の中の紙詰まりが取れない仕組みになっているのだ。

 これまでコピー機やプリンターなど、レーザー系の機械はいくも使ってきたが、紙詰まりでこれほどの大事になった経験はない。紙が詰まっても、簡単に取れ るようになっている。だが、この機械は違った。紙を取り除くだけで、サービスに依頼するしかない。後日届いた請求書は、15,750円だった。10万円少 しの機械で、紙詰まり1回に15,750円だ。

 念のために問い合わせたところ、この会社では紙詰まりは故障として扱っているのだそうだ。そういう注意書きは読まなかったがと質問すると、パンフレット などにはそうは書いていないという。いま9800Jという後継機種が実売価格8万円以下で売られている。念のために質問すると、この機種も定着器での紙詰 まりは「故障です」という。複合機を買おうとしている人は注意すべきだ。8万円以下で買っても、紙詰まり1回に15,750円を取られる。

 こんな商法は、パソコン以外の分野であれば、通用するはずがないと思う。紙詰まりのようなごく普通に起こる現象に対応できない設計に問題がある。紙詰ま りが起こったら1回に15,750円頂きますというのでは、パソコン関連以外の分野なら、悪徳商法として糾弾されるはずである。

OSのアップデートという恐怖
 パソコンの世界の常識は世間の非常識だ。世間の常識で考えてパソコンに頼っていると、とんでもない被害を受けることが少なくない。その典型例がOSの アップデートだろう。

 最近のウィルス騒ぎで、OSのアップデートを怠っているユーザーがいると非難する声があがった。意識が低いユーザーがいるので、皆が迷惑するということ のようだ。だが、OSのアップデートをしたためにパソコンが起動しなくなり、OSを再インストールするしかなくなって、大切なデータがすべて消えてしまっ たという話はいくらでもある。だからOSのアップデートは恐ろしい。アップデートをすることによるリスクと、しないことによるリスクを秤にかけるのは当然 ではないだろうか。

 自動車や携帯なら、こんなやり方は通用しない。アップデートが必要なのは製品に欠陥が見つかったからで、無料の修理か交換に応じるのが常識だ。自社製品 の欠陥を修理する責任をツーザーに押しつけていて、問題が起きたときにユーザーの意識が低くて困るという。こんな居直りが世間で通用するはずがない。

 翻訳者は仕事の性格上、パソコンに頼る部分が大きい。何らかの自衛策が必要だと思う。因みに、この文章を書く際には、パソコンは使っていない。大昔の ワープロ専用機を使って書いている。だが、レイアウトや発信にはやはりパソコンを使うしかない。怖いが、別の方法が見つからない。